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ポンコツ凡人素人による香水のたわ言の書きつけ/Twitterの寄せ集め

*No.5/ CHANEL, 香水について書く

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香水についてまとまった文章を書きたいね、と一緒に取り組んでいた幽霊さんのブログには、No.5の経験が丁寧に記されています。香りが漂ってくるような素敵な文章なので、ぜひ併せて読んでもらいたいです。

CHANEL N°5 あるいは私達だけの素肌 - polar night bird

また、本記事内の各年代のNo.5の比較にあたって、サンプルや資料をご提供いただくとともに、有益なご助言を多数いただいたtanuさん(ブログ) に深謝いたします。

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 上へ外へと浮かび上がりながら香る空気の表面を成す膜と、脂肪質でマットな嵩の性質を併せ持つ香りが、他の要素を圧倒するようにトップノートの印象の大半を占める。アルデヒドだ。   

 アルデヒドとは、アルデヒド基(CHO)を持つ有機化合物の総称で、脂肪族アルデヒドや芳香族アルデヒドなどに分類される。一般的に「フローラル・アルデヒド(フローラル・アルデハイド)」*1に分類される香水の特徴として挙げられる脂肪族アルデヒドのうち、No.5にはAldehyde C-10、Aldehyde C-11 Undecylic、Aldehyde C-11 Undecylenic、Aldehyde C-12 Lauric、Aldehyde C-12 MNAが用いられているという*2

 アルデヒドに鼻が慣れると、マットなアルデヒドと好対照を成しながら、明度と透過性の高いベルガモットが、自らの境界を保ちつつアルデヒドの嵩の中で快活に点滅して感じられるようになる。

 ベルガモット精油にも、微量だがAldehyde C-10などのアルデヒドが含まれている*3。また、柑橘を用いたオーデコロンにも、概して0.1〜0.3%程度のアルデヒドが含まれているという*4。香水で初めて単体としてのアルデヒドが使われたのはL.T.PiverのFloramye(1905)*5と考えられており、エルネスト・ボーが影響を受けたというHoubiganのQuelques Fleurs(1912)にも、No.5同様Aldehyde C-12 MNAが使われている*6。つまりNo.5は、精油に含まれたアルデヒドと単体としてのアルデヒドの両方の意味において、初めてアルデヒドを含んだ香水ではない。

 しかし1921年時点では、アルデヒドが香水に用いられる際は、概ね0.3%程度とあくまで天然に存在するのに近い濃度での使用であり、植物を再現する効果が期待されていた*7。しかしNo.5には、前述の複数のアルデヒドが合わせて1.0%ほど含まれている。当時大多数を占めたであろうアルデヒドそれ自体の香りを知らない者にとって、この過剰なまでのアルデヒドは、脂肪質で浮遊感のある得体の知れない香りとして嗅ぎ取られたことだろう。ここでは、植物の模倣に使われていた香料が過剰になることで、植物を突き抜け異質なものと化している。

 ところで、No.5はしばしば、上述のように1921年当時は自然の香りの模倣のために微量用いられていたアルデヒドを、過剰と言えるほどの高濃度で使用した点が評価されている。このような「既に使われているものと同じものを、既に使われているのとは異なる方法で用いること」は、服に置き換えれば、元は男性用の下着に用いられていたジャージー素材を女性のドレスに用いたことや、喪服の色であった黒を日常遣いのドレスに用いたことを彷彿とさせるだろう。たしかに既存のものの使用方法の拡張はCHANELブランドの常套手段であったのかもしれない。しかし、No.5の功績とはそれだけなのだろうか。

 ベルガモットは快速に通り過ぎ空中に霧散した。入れ替わるようにして、アルデヒドの嵩に、ジャスミンのようで、南国フルーツのようで、バルサムのようで、しかしそれらとは異なる香りが現れた。イランイランだ。アルデヒド越しに感じられる肉厚で躍動するイランイランは、アルデヒドはそのままに、徐々に圧力を増していく。

 19世紀フランスは「慎ましさを女性のもっとも大きな美徳としていた」*8時代であった。同時に、「それとは感じられないくらいの、かすかな香りを放つ《自然な女=花》というサンボリスムは、情動をおさえようとする強い意志を映し出すものにほかならない」*9という。ここでは情動を抑圧された女性とかすかな香りの花が重ねられている。つまり、19世紀における「あるべき女性」とは「植物的な女性、透明で、繊細で、肉体を感じさせない女性、いわば動物としての属性を濾過された女性」*10であった。18世紀末から流行した淡い花の香りの香水は、脱臭された身体において初めて嗅ぎ取られることができる、まさに非肉体的な女性=淡い花の香りを表したものであると言えるだろう*11

 ところで、イランイランは1770年代にはフランスに伝わっていたが、精油の生産の開始は1860年頃にアルバータス・シュウェンガーという船乗りがマニラに迷い込むのを待たなくてはならなかった。その後19世紀末から20世紀初頭に産業が拡大し、1918年から1928年にかけて高品質の精油が大量に生産されたという*12。イランイランの香りには、心拍数や血圧を下げるなどストレスや不安の軽減効果があるとされており、しばしば媚薬と分類されることは注目に値する*13。つまりこの花は情動や肉体と結び付けられている。

 No.5の前身と言われ、No.5と多くの構成上の共通点を持つラレのNo.1では、イランイラン精油は全体の6.5%を占めていた*14。しかし、『名香に見る処方の研究』におけるNo.5の研究処方例では、全体の13%以上がイランイラン精油に充てられている*15。この変化は、類似性が強調されることの多いNo.1とNo.5の顕著な違い、あるいはNo.5の特徴としてのイランイランの役割の大きさを示すと考えられる。イランイランは、とりわけ世紀末から世界大戦にかけて現れた新しい「花」であり、情動や肉体を連想させる「花」だ。そして、そのような「花(=ブルジョワ的な女性)」でありながら、「花=ブルジョワ的な女性」ではない香りが、意図的であれ非意図的であれ、No.5を特徴付けている。この意味で女性はローズ(花)ではないのだ*16

 イランイランがアルデヒドの嵩の中から爆発せんばかりに圧をかけている。ふと、イランイランの影のようにローズが香り始めたことに気付く。人間の快のために香りを放っているのではないと思い知らせる棘は抜かれ、軽やかなステップで誘うように明るく柔らかく甘いローズだ。

 さらにローズの背景には、薄暗く緩慢なサンダルウッドとベチバー、動物の揺らぎを持つムスクが、互いに境界を侵食し合いながら香りの嵩の豊かさを示すように香っている。

 イランイランとローズにジャスミンが合流する。ジャスミンの猥雑さはアルデヒドに吸い込まれ、華やかさを際立たせながら絡み合っていく。

 その後しばらく、アルデヒドの浮遊する厚みの中で、木やムスクや花々が各々そして一緒に香る。

 19世紀末から20世紀初頭にかけて、フランスでは女性の進学や就労の選択肢が増加し、法的な権利も拡大した。マルグリットの「ギャルソンヌ」*17は「植物的な女性、透明で、繊細で、肉体を感じさせない女性、いわば動物としての属性を濾過された女性」とは異なる女性だ。たしかにこの時代、「女性」に変化が起きたと言えるが、それは一方向的で一直線的な変化だったのだろうか。

 公式サイトでは、No.5は「女性の香りのする、女性のための香り」*18とされている。ところで、19世紀の香水製造業者が主に用いた香料は、「バラ、ジャスミン、オレンジの花、カッシー、スミレ、チュベローズ」だったという*19。No.5では、ブルジョワ女性が慣れ親しんだローズやジャスミンの香りが、新しく肉体的なイランイランの香りと絡み合う。イランイラン=新しい「花」がローズやジャスミン=「花=ブルジョワ的な女性」を追放するのではなく、共にアルデヒドにおいてフローラル・アルデヒドの系列として生まれ直している。他にも、No.5では複数の取り上げ直しと生まれ直しが起こっている。植物の香りの一要素だったアルデヒドは過剰量という形で取り上げ直され、異質なものとして生まれ直した。ロシアでエカチェリーナ二世に捧げられた香水、ブーケ・ド・カテリーヌは、ラレNo.1を経て、フランスでNo.5として生まれ直している*20。もしもNo.5が「女性の香り」であるならば、その「女性」はロシア女帝でもフランスブルジョワ女性でもギャルソンヌでもなく、そのいずれかまたは全てを否定し対立する女性でもなく、それらが取り上げ直され生まれ直している多次元的な「女性」だ。

 次第に花々は霧散し、空気と嗅ぎ分けられなくなる。代わりに、それまで嗅がれながらも背景に退いていたサンダルウッド・ベチバー・ムスクが、バニラの甘さとともに際立つようになった。アルデヒドは初めほどの勢いはないものの、それによって複数要素がひとつの香りとなる輪郭を成すように、表面に浮かび上がっている。同時に、滑らかで脂肪質な嵩としてのアルデヒドの中で、あらゆる要素のエグみや尖った部分は丸め込まれている。

 その後時間が経つにつれて、輪郭が緩み各要素は拡散し、次第に嗅ぎ取れなくなった。

 No.5は、100年の時間を経て、過去の香水となったのだろうか。現行品のNo.5は100年前のNo.5と「同じ」ではない。1960年代(P)*21アルデヒドの脂肪質な厚みがPらしい濃厚さとして感じられる。1970年代(EDT)は軽やかでフルーティさが際立っており、1980年代(EDC)は透過性は高いものの動物性のムスクが肌表面に薄い膜を作る。1988年代(P)は1960年代(P)と同じくPらしい濃厚さがあり、よりフローラルが強い印象を受ける。2012年(P)は引き続きフローラルが目立って前面に出ているものの、動物的なシベットの主張も強い。2019年(P)はより動物的なムスクとシベットが際立っている*22。No.5は、100年に渡ってそれ以前のNo.5たちを取り上げ直しながら、その時々の「現在の」香水に生まれ直し続けてきた。過去の香水と呼ぶには新しすぎるのだ。

 先に、No.5は既存のものの使用方法の拡張が評価されていると述べたが、それはNo.5の説明として不十分である。No.5において、複数の取り上げ直しや生まれ直しが絡み合う多次元的な「No.5」、または公式サイトに従うならば「女性の香り」が設立されている。この設立が意味するのは、今私が嗅ぎ取っているNo.5の香りの中に、私の知らない未来のNo.5、未来の女性が気配として漂っていることなのではないだろうか。No.5は過去の香水どころか、未来に託された香水なのだ。

 

 

*1:日本香料工業会による香調の説明では、フローラル・アルデハイドは「合成香料の力強い油脂性のにおいを持つアルデハイドを特徴としたモダンな感じのするフローラルの一分野です。代表作は1922年に発売され調香の世界.に新天地を拓いたと評されているシャネルの「No.5」があります。」とされている。日本香料工業会, フレグランスのタイプ(香調), 最終アクセス2021年12月10日, https://www.jffma-jp.org/fragrance/type.html

*2:堀内哲嗣朗, 香り創りをデザインする ―調香の基礎からフレグランスの応用まで, フレグランスジャーナル社, 2010, 425.

*3:CLARK, G. S,  “An Aroma Chemical Profile: Aldehyde C-11,.” Perfumer & flavorist 22, no. 5 (1997), 43-44.

*4:CLARK, “An Aroma Chemical Profile: Aldehyde C-11,” 43.

*5:CLARK, “An Aroma Chemical Profile: Aldehyde C-11,” 44.

*6:KRAFT, Philip, Christine LEDARD, S. A GIVAUDAN, and Philip GOUTEL, “From Rallet N°1 to Chanel N°5 Versus Mademoiselle Chanel N°1,” Perfumer & flavorist 32, no. 10 (2007): 37.

*7: CLARK, “An Aroma Chemical Profile: Aldehyde C-11,” 43.

*8:小倉孝誠, “めくるめく香りに魅せられて--十九世紀フランスにおけるにおい・文学・社会,” 文学 5, no. 5 (2004), 91.

*9:小倉, “めくるめく香りに魅せられて--十九世紀フランスにおけるにおい・文学・社会,” 91.

*10:小倉, “めくるめく香りに魅せられて--十九世紀フランスにおけるにおい・文学・社会,” 96.

*11:アラン・コルバンによると、18世紀末の西欧において動物性の香水が衰退し、ハーブや花の香りの香水が流行したという。コルバンはこの時代の香水に対する考え方について、「きつい香水という覆いによってかえって自己の不潔さを人に教えてしまう愚は犯すべきではないということである。むしろ逆に、自己の独自性を示す体臭がおのずと漂いでるようにするほうが好ましい。その人の魅力を、明らかな調和によって強調できるのは、念入りに選び抜かれた、ある種の植物性の匂いだけであ」ったと述べている。アラン・コルバン, においの歴史 : 嗅覚と社会的想像力, 山田登世子鹿島茂 訳, 藤原書店, 1990, 97-100 を参照。

*12:Salvatore Battaglia, Ylang Ylang, 最終アクセス2021年12月10日, https://salvatorebattaglia.com.au/essential-oils/42-ylang-ylang.

*13:Salvatore Battaglia, Ylang Ylang, 2021.

*14:KRAFT, LEDARD, GIVAUDAN, and GOUTEL, “From Rallet N°1 to Chanel N°5 Versus Mademoiselle Chanel N°1,”42.

*15:広山均, 名香にみる処方(レシピ)の研究, フレグランスジャーナル社, 2010, 61.

*16:No.5の制作に関して、ココ・シャネルはエルネスト・ボーに、ローズの香りではなく女性の香りが纏う人から漂うような香りを作るよう依頼したという逸話がある。

*17:マルグリット, ガルソンヌ, 永井順 訳, 創元社, 1950.

*18:CHANEL, シャネルNo.5オードゥパルファム , 最終アクセス2021年12月10日, https://www.chanel.com/jp/fragrance/p/125530/n5-eau-de-parfum-spray.

*19:コルバン, においの歴史 : 嗅覚と社会的想像力, 246-247.

*20:KRAFT, LEDARD, GIVAUDAN, and GOUTEL, “From Rallet N°1 to Chanel N°5 Versus Mademoiselle Chanel N°1,” 37.

*21:以後、Pはパルファム、EDTはオードトワレ、EDCはオーデコロンを指す。

*22:各年代のNo.5の特徴は筆者の独断に基づいており、この限りではない。

Lilac Perfume/ Highland Lilac

Highland LilacのLilac Perfume

総体として捉えると、時とともにニュアンスを変えてゆくライラックの香りなのだが、敢えてバラバラになるまで近付いてみる

最初に鋭いスパイスが勢いよく飛び散ると、仄暗くしっとりしたシナモンの薄く透ける層に包まれて、アーモンドのすっきりして冷たい甘さが現れた

奥の中心部には、草の苦みを含む精製前のハニーの暗い甘さが核のようにギュッと縮こまっている

間をおかずにアーモンドにヘリオトロープが混じり、ふわふわした甘いバニラも時々チラつくようになった

ハニーは前面に出てくることはないが中心部で緩み、その周りに軽くエグミのあるグリーン香が広がる

アーモンド/ヘリオトロープなどの層は表面のシナモンを取り込んで混じり合い、さらにチュベローズのようなクリーミーさも加わっていく

同時に中心部ではウリっぽい水っぽさが増し、ハニーとグリーンが混ざったらしき薬膳風味の甘苦さとともひとつの層を成して、アーモンドなどの層から透けて感じられた

表に冷たく甘くクリーミーな層/奥に甘苦くウォータリーな層という二重構造のよう

さらに経つと、それぞれクリーミーさとウリっぽさが引き、アニスっぽい甘苦さで薄く地塗りされた上にアーモンド(に近いチュベローズ)が重なる状態に

その状態が少し続いたあと、奥のグリーンや甘苦さは薄くなっていった

最後は、奥にあった土台を失ったアーモンドなどが頼りなく漂い、いつの間にか空気に溶け込んでしまった

持続は短く、バラバラな要素から時々離れると感じられるのはほぼライラックというシンプルさ

しかし近付くとライラックとは別の複数要素がそれぞれ香っており、「シンプル」な香りの複雑さを感じた

Fantosmia/ Jorum Studio

Jorum StudioのFantosmia

初めサフランが力強く拡散し、鼻が慣れるとその後ろに隠れていたフルーティで甘くスパイシーなナツメグ・ペッパー・カルダモン様のスパイス群が前面に出てきた

カカオのような香ばしいナッツの質感と風味が織り込まれている

その影に熱を帯びたタイヤ香が薄く透けて感じられた

タイヤの中に微かな鋭い金属香が見え隠れしている

次第に表面のスパイス群は混じり合い、滑らかな液体のような質感で主張を強めていった

タイヤや金属は感じられなくなり、代わりにジメジメしたベチバーが影として全体の暗さと深みを増している

重さはあまりなく、空気に溶け込んだような軽さが不思議

その後、ベチバーにシソの独特なハーブ香やサフランが混じっては消えていった

同時に、ザラザラと粒子感がありスモーキーな木が現れ、ベチバーと重なりながら全体の土台としてムスクのように浮いて広がる

表面のスパイスは、引き続き強く滑らかで甘くスパイシーに香り、時々ローズなどの花が感じられた

さらに経つと、奥に艶やかなインク香が、空気のようなベチバーなどと異なり背景を塗りつぶすように香り始める

仄かに香ばしい木も混じって感じられる

甘く花と果実のニュアンスを含んだスパイスは、ベチバーなどの空気に少しずつ溶けて馴染み、強気なファッションフレグランスのような趣になっていった

次第にスパイスは空中に薄く広がり気配程度に

代わりに、スモーキーな木から香ばしい木、明るく香ばしいタバコへと移りながら、木とそれを取り巻き拡張するウッディムスクの合成香料と思われる層がメインになる

最後はそのまま長く肌に残り、少しずつ淡くなっていった

個性と気軽さのバランスがいい

甘さとかっこよさのバランスも個人的に好ましく、トレンチコートに合わせたい

コンセプトも興味深いのだが、読み込みきれていないのでもう少し考えてみる

物理的な発生源がなく、かつ自分にとってよそよそしく感じられる「幽霊香」/香りの物質性と不定形/「olfacticality」(theatricalityとの関係は?)

Feu Secret/ Bruno Fazzolari

Bruno FazzolariのFeu Secret

何度試しても公式のノートと随分印象が違うのだが、記録として

最初に鼻に届くのはアーシーな根系アイリス

シダーとターメリックだと思われる灰と土のようなザラつきが混じり、下に向かう暗さがある

少しすると奥にとろりと蜜状のアンバー様の甘さがチラチラと覗くように

ヴァイオレットかベリー系の潤んだフルーティな甘さのようにも感じられる

次第にこの甘さは増してゆき、代わりに灰の暗さは弱まっていった

根系のアイリスは大きな球状に拡散しており、穏やかに全体を包み込んでいる

その中でひとまわり小さい球状に空気が膨らむような甲高いフランキンセンスが現れた

一瞬お化粧品風のマットでパウダリーで少し甘いアイリスを感じた後、ヴァイオレット・ベリー調の甘さの混じるアイリスとなり、フランキンセンスと淡い植物の筋っぽさとともに小さな球状を成している

しばらくすると奥に樹脂らしいウッディさが重なり、厚みと重みが増した

質感はクリーミーに傾いていく

パウダリーで柔らかなバニラが加わり、ジャミーなベリー調の甘さと混じってお菓子っぽさが出るのだが、フランキンセンスと根系のアイリスのおかげで幼くはならない

次第に土台部分にサンダルウッドが現れ、全体の安定感を増すと同時に前へと主張してくる

サンダルウッドはバニラと溶け合い境界が曖昧に

バニラ/サンダルウッドが薄く艶やかで透けるフルーティな甘さでコーティングされ、フランキンセンスの膨張したような高い煙とともにお行儀よく小さな球体をつくりつつ、その周囲をひとまわり大きな根系アイリスの球が包み込む状態に

最後はバニラ/サンダルウッドとアイリスが滑らかに残り消えていった

April AromaticsのIrisistibleに近い根系のアイリスが目立ちつつ、よりグッと奥に引き込むような樹脂と木、土の吸引力と滑らかさが増して、ひねりが加えられた印象

全体としては奇抜にならず使いやすくまとまっている

このバランス感がお洒落で、シンプルな服をお洒落に着こなす人に似合いそうと思った

Ithaka/ Mendittorosa

MendittorosaのIthaka

軽い柑橘を一瞬通過し、すぐに艶のあるバルサミックなシダーと石のようにひんやりした西洋インセンスが前に出てきた

奥に薄暗く教会の煙を帯びたベンゾインのバニラ様の甘さが感じられる

表面と奥の異なる温度や質感は滑らかに重なり、全体では静かで涼やかながらまろやかな印象

次第にシダーは引き、西洋インセンスを透かしてベンゾインやラブダナムであろう樹脂の甘さと微かなマグノリアの丸さが目立ってくる

時間をかけて西洋インセンスの層は晴れてゆき、最後は鼻を近づけるとべっとりした質感は感じられつつも、ふんわりしたバニラ調の甘さが肌からじんわり広がり長く続いた

Mendittorosaは全体的に濃くじんわり広がるので複数箇所に点でのせたところ、自分の周りだけ違う空気に包まれたよう

特に前半のバルサム-インセンス-レジンの重なりが白眉で、寒々しくも刺々しくもならずに体感温度が下がるような心地がした

香りの不可視で世界の「感じ方」を変える力に最近興味がある

NOUN/ bogue

bogueのNOUN

一瞬爽やかで明るい柑橘がふわりと広がると、すぐにミントの鼻に抜ける爽快さとその奥にこってりしたベンゾインの甘さ

ミントだと気づいたときには、マスタードの粘度の高いスパイシーさがミントのすぐ近くで主張し始めており、ベンゾインにはイランイラン様のフルーティな甘さが重なる

息をつく間も無く、スパイシーさと甘さに挟まれるようにして乾いた荒々しい土の塊の香りが現れ、次第にアーシーな樹脂とスッとした煙に分かれていった

恐らくフランキンセンスだろうと思う

その後、中間域に粒子の細かいブラックペッパーが誤って瓶からこぼしたように広がり、スパイシーなアクセントに

ペッパーが飛ぶと、鋭いラベンダーのハーバルさと針葉樹調のすっきりした木、マスタードの独特の甘辛さなどが辛うじて目立って感じられるものの、ベンゾインのべったりした甘さ、ほんの少しの煮詰まったベリージャムの濃い甘酸っぱさなど、雑多な要素が前に出たり奥に引っ込んだり楽しげに揺らいでいた

少しすると、土っぽい樹脂とスッとした煙(フランキンセンス?)が軸となって雑多な要素をまとめつつ、柔らかなローズ様のフローラルが煙の中に混じって感じられた

その後ハーブと針葉樹も認識できるようになり、奥からフルーティな濃い甘さがが前へと押し出してくる

全体を覆う煙と混じり水タバコの印象

次第にフルーティな甘さは濃厚な質感と甘さを持つ柔らかなホワイトフローラル調になる

アロマティックなラベンダーや木、上に抜けるような煙と下に向かうアーシー・スモーキーな樹脂などとともに、甘くてほろ苦くて少し煙い不思議なバランスで長く肌付近に漂い、淡くなっていった

私はこの香り好きだ

MEMにも共通するのだが、多種多様な要素が空間的に散りばめられており、次から次へと(時に同時に)フォーカスが当たることで展開していくような印象

線的でダイナミックな物語性のある香水や自然主義的な香水とは異なる魅力がある

圧の強い香り方が鮮やかで楽しい印象となり、纏っていて元気が出てくる

No.19 Warm Carrot/ COGNOSCENTI

COGNOSCENTIのNo.19 Warm Carrot

まずアーシーなキャロットシードがベンゾインやオポポナックスのような樹脂の柔らかくスモーキーな土台に乗ってじんわりと香る

バニラアイス様の甘さのバニラがチラつき、昔のお化粧品風のパウダリーさが滲んでいるため、土のワイルドさよりもどこか懐かしさを感じた

少しすると、ベリー系のフルーツの甘酸っぱいニュアンスを伴うフローラルが、アーシーな層から透かして流れるようになった

さらに経つと、フローラルの植物性はラベンダーの薬草の苦みへ変化し、アロマティックな印象が強くなる

その後、お菓子というよりもウッディなバニラが落ち着いた甘さをプラス

次第に香ばしいベチバーとドライで少し古びたアンバーがメインになり、バニラは控えめな甘さを添えるように溶け込む

重めの要素が多いようで、湿度が低いためか軽やか

さらにベチバーは香ばしさを増してスパイシーな鋭さとして表面を覆い、その膜が薄れるとレザー&オークモス様のギラつく渋さが現れた

レザーは次第に明るく乾いてゆき、隠れていたバニラと柔らかくスモーキーな樹脂と混じり合って、青茶〜紅茶を少し甘くしたような香りに

最後は肌の近くで甘さが後を引きながら淡くなっていった

終始少しだけ背景にキンとした要素も感じる

落ち着く自然さと人為的な楽しさの両方があり、バランスが好み

Irisistible/ April Aromatics

April AromaticsのIrisistible

最初からアーシーなアイリスが微かなキャロットシードの土っぽいエグミとともに広がる

少しすると柑橘ニュアンスとアプリコットのようなフルーティさがアイリスに混じり合い、段々と甘みを増していった

雑味を全て落として素材の甘みを引き出したニンジングラッセのよう

しばらくウッディな温かみがあり甘く滑らかなアイリスが安定して続いたあと、仄かに土とは違う軽やかさと控えめな華やかさのフローラルが出てきた

それまでは「綺麗な自然の香り」という印象だったのだが、この段階では少し「香水」らしさを感じた

その後甘さはひいて、涼やかフローラルなアイリスに

アイリスには軽くハーバルな苦みが混じり、背景にバニラ様の甘さがチラついている

次第にアイリスに代わってすっきりしつつもバニラ調の滑らかな甘さを含むサンダルウッドがメインになるにつれて、チラついていたのはサンダルウッド由来のものと気付いた

最後はそのまま柔らかく空気に溶け込んでいった

アーシーなアイリスを堪能するためのような香りで、途中の雑味のない甘さやラストのサンダルウッドの質感まで好感度が高い

香りの方向性は全く違うが、どこかDusitaのピサラさんを思い出させる押し付けがましくない明るさやヘルシーさがあり、体調が悪くても優しく寄り添ってくれそうな香りだと思った

Diorissimo (vintage)/ Dior

DiorのDiorissimoヴィンテージP

トップは飛んでしまっているかもしれないが、初めに鼻に届いたのはハニーのような甘さと厚みのあるしっとりしたジャスミン

インドール臭は薄い

少しずつジャスミンの中から明るく薬のような苦みを含むグリーンが滲み出てきて、全体では重さのあるミュゲとして感じられた

グリーンの苦みはライラックも思い出させる

次第にハニー様の厚みは弱まり、ミュゲは柔らかく儚くアクアティックに傾いていった

うっすらと背景に植物の中に感じるアンバートーンとサンダルウッド、古典的ムスクの気配が透けることも

最後はリリー様の芯を持つミュゲになり淡く空気に溶け込んでいった

ミュゲを軸としたシンプルな花の香りはモダン以前への回帰のようでいて、モダン香水の幕開けを語るために欠かせない合成香料のおかげで実現した香りであるという点が、この香りの歴史的な偉大さだと思う

ミュゲは高く軽い印象が強かったが、序盤の深みと豊かさに、ミュゲの新たな顔を見たようで驚いた

Flos Mortis/ Rogue Perfumery

Rogue PerfumeryのFlos Mortis

まず鼻に届くのは歯医者を連想させる明るく鋭い薬品香

少しシベットのツンとくる要素も感じる

その後、高くすっきりしたジャスミンが重なってゆき、鋭い印象が少し和らいだ

薬品香が遠ざかると、シロップ様の艶のある質感と甘さのベリー系フルーツ&チュベローズが現れる

甘さは強いが甘ったるい印象はなく、どこか薬品の鋭さの余韻がある

次第に液体状のチュベローズは華やかで厚みのあるジャスミンと混じり合い、ふわふわしたバニラ系の甘い綿がそれらを包むように広がっていった

ふわふわは全てを包み込む前に薄れて薄い靄のようになり、チュベローズは軽くクリーミー

どこかガーデニアっぽいチュベローズで、奥にバターのオイリーな質感が感じられた

その後チュベローズは特有の華やかな甘さを増し、ほぼシングルフローラルに

ココナッツ風味は薄く、圧が強過ぎないため、軽やかな印象

次第にチュベローズは微かに梅のような甘酸っぱさを含みふんわりとした質感になる

最後はチュベローズがうっすらした軽くスパイシーな木とムスクに乗って肌の周りを漂っていた

初めの薬品香はSerge LutensのTubereuse Criminelleと同じ方向性だが、TCは木の深みとチュベローズに香水として整えようという作為を感じる

どちらも素敵だが、Flos Mortisの粗く高音な印象が今の気分に合う

Aran/ PRIN

PRINのAran

終始柔らかく甘みを帯びた乳くさいムスクが背景にあり、汗ばんだ肌やモフモフ毛並ではない「動物」感がある

その上に、雨上がりの森の枯葉の上を歩くような、少し渋く葉の自然な甘さを含んだ森林香が重なってスタート

次第に、森林香はほうれん草様の磯っぽさを含む青緑色の香りに変わった

その後一瞬ガルバナムのように鋭いグリーンの苦みが軽く走り、アーシーながらどこか瑞々しさのあるベチバーと湿った土の香りが前面に出てくる

土は段々とマッシュルームのような菌っぽさを帯びて、少し臭みのあるウードのような雰囲気に

臭みが去ると、くすんだオークモスがメインになりしばらく続いた

オークモスにはジャスミンの上澄みに感じるすっきりしたフローラルが混じっており、明るさと軽やかさを添えているよう

さらに経つと、輪郭はぼやけながらも中に粒子感のあるドライな木とスパイシーでドライなサフランが重なり、滑らかにムスキーな甘さが仄かに混じるオポポナックスへと変化していった

最後は、ずっと背景にあった滑らかでほんのり甘いムスクに、穏やかな木&花と微かなベタつく動物香、粒子の細かいスパイスのニュアンスが混じり、肌の周り数センチの間でふんわりと漂っていた

動物的ながらダーティでなく無垢で甘い印象のムスク(Goat Hair?)と森林香のバランスが好みで、つい手が伸びる

Jasmin De Cherifa/ Anthologie de Grands Crus

Anthologie de Grands CrusのJasmin De Cherifa

最初グランディフローラム種のジャスミンのシャンとすっきりした上層部とインドリックで厚みのある低層部が重なってモワッと広がり、すぐに上澄み部分のみが直線的に残った

ジャスミンのダーティさを骨抜きにしたようで、ミュゲ様の水っぽい瓜香も感じる

少しすると瑞々しいジャスミンの影から明るく石鹸ムスク系のローズが控えめに漂いだし、全体を柔らかな空気で支えるように広がっていった

ジャスミンの直線的な印象は薄れ、インドールの暗さに落ち込まないギリギリの線で揺らいでいる

次第に奥に軽いスパイシーさと木の仄暗さが感じられるようになった

さらに経つと木やスパイスは消え、ジャスミンが煮詰まった梨のような熟れたフルーティさを帯びて甘くじんわり軽やかに香る

そのまま香りは遠ざかってゆき、最後は梨系フルーティジャスミンが肌表面に仄かに残った

この水系ジャスミンに覚えがあり記憶を辿ると、

Les Indemodablesの何か…と思い立った

同じl’Atelier Français des Matièresが大元で納得

ほぼジャスミンのシングルフローラルで、クリーン/ダーティのバランスがおもしろい

最近凝った構成の香水が胃もたれしてしまうのだが、サラッと軽快に纏えそう

ラニュイなど有名どころとはまた違う魅力があり、ジャスミンは飽きないとつくづく思う

Kai Eau De Parfum/ kai

kaiのKai Eau De Parfum

まず石鹸のように清潔感のある脂肪香と明るくクリーミーなチュベローズの間のような、軽やかで滑らかな白い香りがふんわり広がった

同時に芯の部分に青々としたグリーンとウォータリーなメロン調のグリーンが感じられ、チュベローズ調の甘さとコクを瑞々しくすっきりした印象に

その後も基本的な印象は変わらず、サンバックジャスミンの爽やかさやイランイランっぽい青いフルーティさ、ミュゲの水気の多いグリーンフローラルなどのニュアンスを感じさせながら、ひとつの花の様々な表情を楽しむよう

最後はホワイトムスクが肌に薄く残り、駆け抜けるようにいつの間にか消えていた

香水というより「花の香り」のようなシンプルさ・軽さや、例えるならじっとりと重い雨の中に佇む浴衣姿の柳腰のような柔らかい清々しさがこの時期に気持ちいい

以前香った伊豆大島のガーデニアはもっとゴムっぽい質感とクレヨンのようなオイリーさを感じたので、ガーデニアかというと私にはわからない

Femme (vintage)/ Rochas

ロシャスのファム(ヴィンテージP)

一瞬ベルガモット様の柑橘を感じたあと、よく熟れたプラムの甘さがスモーキーなレザーに乗ってじんわりと広がった

レザーには古典的な趣の粉っぽい膜がかかり、全体を角が取れてシックな印象に傾けている

カストリウムやスモーキーで甘くない樹脂も混じって感じられた

次第に底部ではスパイシーなカーネーションとギラギラした磯っぽく苦いオークモスがジワジワと圧を強めていく

表面はプラムの甘さからカーネーション・ローズを中心にアイリスのニュアンスを加えた花へとグラデーションのようにゆっくりと変化していった

花の潤いでマットな質感にほんのりと艶が増す

その後渋いパチュリが底から湧き出すように主張を強めてゆき、薄く残るプラムやローズ、オークモスと重なって、暗さがあり優雅で落ち着いた古きよきシプレの雰囲気がしばらく続く

段々とモス・パチュリ・スモーキーな樹脂が目立つようになり、最後は肌の生温かさを含む空気のようなムスクが長く残った

ゆったりと表情を変えてゆく展開の厚みが素敵

節々で今まで経験してきた様々な香りを思い出させ、ひとつの「見本」として参照されてきた香水なのだと実感した

甘さは強いが過度にセクシーにもかわいくもならず、穏やかで安定感を感じさせるバランスに、この香りの描く「femme」像っていいなぁと思った

Santal de Mysore/ Serge Lutens

セルジュルタンスのSantal de Mysore

マイソール産のクリーミーな質感と甘さを誇張したような、粘度高めでミルキーな甘さのサンダルウッドの中に、クミン・中粒子のブラックペッパーなどのザラつくスパイスを過剰なまでに入れて混ぜ上げたような香りが飛び出してスタート

明るいが中程度の重量感がある

要素はシンプルながら、ミルキー/ザラつき・甘/辛の過剰さが拮抗しているような印象

次第に甘スパイシーなシナモンがスパイス群に加わり、ミルキーな木の奥に燃やしたような香ばしさが現れ出した

追って奥にスモーキーで重くドライなレザーや木、前面にサフランとして香ばしさは苦味や暗さを増していく

後半サンダルウッドのミルキーさはほぼ感じられなくなり、スパイスは粒子を細かく砕かれてドライでスモーキーな木やレザーの中に溶け込み、香りの温度を上げている

ルタンスのシダーの影も微かに感じる

その後サンダルウッドのココナッツ様の甘さが時々チラつきながら、スパイス×木が力強く長く残った

比較したSantal Blancはよりオゾンっぽさ・花・ムスクを強く感じ、線が細くしなやかな印象を受けた

極端な要素の対立による緊張感〜荒々しさと洗練の両立まで、シンプルなスパイス×木という組み合わせがお洒落に完成度高くまとまっている

最近木・煙が苦手で避けていたが、この香りは纏いたいと感じた